ピューマ渡久地の脳検査結果?パンチドランカーで記憶が消えていく?

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元ボクサーで、辰吉丈一郎さん、鬼塚勝也さんと共に「平成の三羽ガラス」と呼ばれていたピューマ渡久地(とぐち)さん。

ピューマ渡久地さんが記憶を失う病気になっていたことを公開したことに、大きな衝撃を受けました。

なぜ、ピューマ渡久地さんは記憶を失う病気になったのでしょうか?

検査を受けた結果、何が原因で記憶を失うことになったのでしょうか?

ピューマ渡久地の脳検査結果?パンチドランカーで記憶が消えていく?

これはピューマ渡久地さんが、1989年11月13日に開催されたA級ボクサートーナメントフライ級決勝戦で川島光夫選手と戦ったときの映像です。

めちゃくちゃ強いですね。

このとき20歳のピューマ渡久地さんは、A級ボクサートーナメントフライ級決勝戦で川嶋選手に勝ち、日本タイトル挑戦権を手にしています。

記憶障害の症状

1999年10月、ピューマ渡久地さんは29歳の時に現役を引退します。

その後はピューマ渡久地ボクシングジムの名誉会長などを務め、2007年には東日本ボクシング協会の理事を務めていました。

2008年にボクシング協会の理事会の最中に、突然倒れたピューマ渡久地さん。泡を吹いて倒れたというのですから大変な状態です。

すぐに病院に搬送されますが、病院では自分が倒れたことを忘れてしまっていたんだとか。

それ以来、記憶が失われてしまう、記憶障害の状態が続いているのです。

家族の記憶も消えていく

引用:https://pbs.twimg.com

2008年には子供だった娘も、時間が経ち、すでに成人しています。

しかし、2008年以降記憶が失われているピューマ渡久地さん。

仕事から帰ってきた長女が「なんで小学生がこんなに帰りが遅いんだ!」と怒鳴り散らされるほどに、ピューマ渡久地さんは記憶を失っているのでした。

ピューマ渡久地さんは元妻と離婚しています。

2016年からは実家の沖縄で家族とは別れて生活をしていました。

離れ離れに暮らしている長女の梨以(りい)さんが一大決心し、父の会議をするために沖縄で暮らすことになりました。

玄関で長女と再会するピューマ渡久地さんが語りかけた言葉が、

「どちらさまですか?」

これには、梨以さんもつらそうな様子でした。

それでも長女から「パパ、パパ…」と何度も呼び掛けられます。

ピューマ渡久地さんはようやく「梨以だね。分からなかった。ごめんね」と自分の長女のことを思い出したのでした。

しかし、記憶が戻ってよかったと思っていた矢先のこと

子供たちと離れた数時間後には子供たちと会っていたことを忘れていたというのです。

自分の年齢さえ分からなくなる記憶障害になったピューマ渡久地さん。

他にも、自宅の場所や、農作業に使うクワの使い方など、様々なことを忘れてしまうそうです。

記憶障害は大変な症状なのだと思わされるエピソードでした。

脳検査の結果

2008年、ボクシング協会の理事会の最中に突然倒れたピューマ渡久地さんですが、当初は脳梗塞と診断されたのだとか。

しかし、その後の精密検査の結果「重積てんかん」であると診断されました。

てんかんの症状は様々です。

手足や顔が突っ張ったり、ねじれたりといった運動機能の障害や、光が見えたり、音が響いたりと言った視覚や聴覚の異常、頭痛や吐き気などの自律神経の異常、周囲の状況がわからなくなるような意識障害などの症状などが一般的ですが、他にも種類は多くあります。

てんかんの症状が出ると、自分の意思で発作を抑えることができません。

多くのてんかん患者は症状が出る時間が1分程度であることが多いですが、「重積てんかん」の場合、5分から10分以上もの間症状が続くのです。

てんかんの症状が出ている間、脳に十分な酸素が送られないことがあります。

脳に十分な酸素が届けられないと、脳は記憶を失ってしまうことがあるのです。

ピューマ渡久地さんは、重積てんかんの症状から記憶障害となってしまったのでした。

ピューマ渡久地さんは記憶障害で要介護3級の認定を受けています。

パンチドランカーとは?

「パンチドランカー」とは、頭部に衝撃を受け続けることで、認知症や運動機能が低下する症状を発症する疾患です。

ボクシングはヘッドギアをつけているとはいえ顔を殴られるので、頭部に衝撃を受けることは避けられません。

ボクシング以外のアメリカンフットボールやアイスホッケー、プロレスなどのスポーツでもパンチドランカーの症状を発症することはありえます。

パンチドランカーの症状として、記憶障害になる人がいます。

ピューマ渡久地さんも当初はパンチドランカーの症状として記憶障害になったのではないかと診断されていました。

しかし、ピューマ渡久地さんの場合はてんかんという、パンチドランカーとは全く異なる病気が原因で記憶障害になったことがその後の脳検査によって判明しています。

 

傷害事件について

駐車場で口論になった男性の顔を殴ってけがをさせたとして、沖縄県警石川署は2日、傷害の疑いで同県沖縄市泡瀬、元プロボクサーの無職、渡久地(とぐち)隆人容疑者(49)を現行犯逮捕したと明らかにした。同署によると、容疑を否認している。

渡久地容疑者は元日本フライ級王者で「ピューマ渡久地」のリングネームで活躍。同署によると、被害男性とは面識はなく、事件前、酒に酔った状態で男性が乗っていた車のボンネットを手でたたき、口論になった。

逮捕容疑は1日午後10時20分ごろ、同県うるま市石川の駐車場で、那覇市の男性保育士(30)の顔を複数回殴り、軽傷を負わせたとしている。

引用:産経新聞

2019年7月2日、ピューマ渡久地さんは酒に酔い、男性を殴ってけがをさせて、逮捕されています。

ピューマ渡久地さんは容疑を否認しているとされていますが、記憶障害と関係があると考えられますね。

ピューマ渡久地さんは、ピューマ渡久地ボクシングジムを経営していました。現在は元妻の聡美さんがボクシングジムを経営しています。

ピューマ渡久地さんは、ボクシングジムの経営にストレスを感じ、酒におぼれたとされています。

酒におぼれたことが原因で元妻の聡美さんと離婚したんだとか。

相当、酒におぼれてしまったようなのですが、傷害事件の時にも酒に酔っていたと報道されています。

また、大量の長期飲酒が引き金となって「てんかん」の症状をきたすことがあるとされています。

ピューマ渡久地さんは、お酒に苦労してきたと言えるのかもしれません。

アルコール性マルキアファバ・ビニャミ病
大量の長期飲酒が引き金となり、上記のウェルニッケ脳症と同時にきたすことがあります。急性の意識障害・てんかん・認知症などをきたします。脳MRIでは、脳梁(左右の大脳をつなぐ部位)に異常信号の病変がみられます。

引用:東邦大学

 

ピューマ渡久地さんプロフィール

引用:https://pbs.twimg.com

1969年11月20日生まれのピューマ渡久地さん。

高校入学と同時にボクシングを始め、19歳でプロデビューします。

1990年には日本フライ級王座決定戦に初挑戦し、KO勝ちで王座を獲得します。

2度の防衛に成功したピューマ渡久地さんは、3度目の防衛戦でロシア人ボクサー勇利アルバチャコフと対戦することになりますが、失踪。日本王座をはく奪され、無期限のライセンス停止処分を受けます。

2年半近くのブランクを経てベネズエラのヘスス・ロハス選手との復帰戦に挑みますが、敗北。プロ初黒星を喫することになります。

1993年に妻の聡美さんと入籍。二女一男に恵まれます。

1995年には4年ぶりに日本フライ級王座に返り咲きます。

1999年の試合を最後に現役を引退します。

結婚後にピューマ渡久地ボクシングジムを開設し、名誉会長に就任。

2007年には東日本ボクシング協会理事を務めます。

慣れないジム経営によるストレスで夫婦関係が悪化し、2006年に離婚。

その後、2008年には記憶障害を発症。2016年には沖縄の実家に戻り、療養を開始します。

2019年7月2日、沖縄県うるま市で酒に酔い傷害事件を起こし、逮捕されています。

まとめ:ピューマ渡久地さんの記憶障害は「重積てんかん」が原因

辰吉丈一郎さん、鬼塚勝也さんと共に「平成の三羽ガラス」と呼ばれていたピューマ渡久地(とぐち)さん。

記憶障害になった原因は「重積てんかん」でした。

ボクシングジムの経営が原因で離婚したピューマ渡久地さんは、療養のために沖縄県の実家で暮らしています。

離れて暮らしていた長女が、介護をするために沖縄県に移住することになったときは嬉しかったでしょうね。

傷害事件はいただけませんが、これからも力強く生きる姿を見せていただきたいと思います。

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