ピエール瀧の芸能界復帰可能性は?電気グルーヴはこれからどうなる?

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3月12日に薬物使用で逮捕されたピエール瀧容疑者は音楽、ドラマ、映画、ゲーム、ラジオなど、様々な分野で活躍されていて、とても多くのファンがいます。

ピエール瀧容疑者が薬物使用で逮捕された後に芸能界に復帰する可能性はあるのでしょうか。その場合、どのくらいの時間がかかるものなのか、他の芸能人の事例を調べてみました。

逮捕後の流れ

今後の裁判の大まかな流れは、検察の起訴→裁判→裁判所判決です。

裁判の主な流れの中で、まず検察が起訴するかどうかがポイントです。検察は、この事件はそれほど大きな罪ではないと考えて、テレビ報道やコンサートの中止などで十分に社会的な制裁を受けていると判断した場合に不起訴にすることも可能です。

しかしコカインを実際に連続的に使用していることをピエール瀧容疑者が認めていることや、警察が長期間にわたって張り込みを実施し、慎重に逮捕にこぎつけたことを考えると不起訴処分は考えにくいです。

検察が起訴したら裁判が始まります。裁判所は最終的に判決を下します。

主な違法薬物を所持または使用した場合の罰則は下記のようになっています。

薬物の種類 罰則
覚せい剤 10年以下の懲役
ヘロイン 10年以下の懲役
コカイン 7年以下の懲役
MDMA 7年以下の懲役
大麻 5年以下の懲役

ピエール瀧容疑者の場合はコカインですので7年以下の懲役刑に科せられる可能性がありますが、実際にはもっと短い期間になります。また薬物逮捕の場合、特に初犯は執行猶予がついて刑務所に入らないケースが多いです。

覚せい剤や麻薬(コカイン、MDMAなど)で逮捕された人は初犯の場合懲役1年6月、執行猶予3年の判決となることが多いようです。

執行猶予期間であっても芸能活動をすることができますが、実際に芸能界で再度活躍するまでにはどのくらいの期間がかかるのでしょうか?

過去に薬物逮捕された芸能人の再活躍までの道のり

尾崎豊さん:覚せい剤→半年で芸能界復帰

卒業、I Love youなどの楽曲で有名な尾崎豊さん。

尾崎豊さんは覚せい剤取締法違反で逮捕され、懲役1年6月、執行猶予3年に処されています。

芸能界復帰の道のり

 

1987年12月22日、逮捕
1988年2月22日、有罪判決(懲役1年6月、執行猶予3年)
1988年6月22日、テレビ番組「夜のヒットスタジオ」で新曲「太陽の破片」を歌う

1988年9月1日、4枚目のアルバム『街路樹』発売
1988年9月12日、東京ドームでライブ「LIVE CORE」を行う。動員5万6000人

逮捕されてから半年でテレビに出演、それからアルバムの発表やライブを開催するなど、芸能界に復帰しています。

 

槇原敬之さん:覚せい剤→1年で芸能界復帰

「どんなときも」「もう恋なんてしない」などの楽曲で有名な槇原敬之さん。



槇原敬之さんは覚せい剤取締法違反で逮捕され、懲役1年6月、執行猶予3年に処されています。

 

芸能界復帰までの道のり

1999年8月26日、逮捕

1999年12月8日、有罪判決(懲役1年6月、執行猶予3年)

2000年11月29日、アルバム「太陽」リリース

2002年7月24日、SMAPアルバム「SMAP 015/Drink! Smap!」に槇原敬之さんが提供した「世界に一つだけの花」が収録され大ヒット。CD売り上げは300万枚を超えた。

2002年11月7日、アルバム「本日ハ晴天ナリ」リリース

 

逮捕されてから1年でアルバム発表、2年で「世界に一つだけの花」を大ヒットさせるなど、芸能界への復帰を遂げられています。

 

 

長渕剛さん:大麻取締法違反→1年で芸能界復帰

「乾杯」「とんぼ」などの楽曲で有名な長渕剛さん。

長渕剛さんは大麻取締法違反で逮捕されました。ちょうど同時期に国生さゆりさんとの不倫関係も明らかになり、多くの人がその動向を見守っていましたが、不起訴処分となりました。

芸能界復帰までの道のり

1995年1月24日、逮捕

1995年3月16日、不起訴処分となる

1995年12月26日、自身3度目となる東京ドームでのライブを行う。

1996年1月1日、アルバム「家族」リリース

1997年1月24日、テレビドラマ『英二ふたたび』が放映

逮捕されてから1年で東京ドームでのライブを成功させ、新アルバムをリリースしています。2年後にはテレビドラマの放映もあり、芸能界への復帰を果たされています。

 

井上陽水さん:大麻取締法違反→2年で芸能界復帰

「リバーサイドホテル」「飾りじゃないのよ涙は」などの楽曲で有名な井上陽水さん。

井上陽水さんは大麻取締法違反で逮捕され、懲役8ヶ月、執行猶予2年の判決を受けています。

芸能界復帰までの道のり

1977年9月10日、逮捕

1977年10月11日、有罪判決(懲役8か月、執行猶予2年)

1979年9月21日、アルバム「スニーカーダンサー」発売

1981年1月、特別番組でテレビ初出演

1981年7月、「夜のヒットスタジオ」テレビ出演

1983年11月25日、安全地帯「ワインレッドの心」の作詞を担当しヒットさせる

1984年11月14日、中森明菜「飾りじゃないのよ涙は」の歌詞、曲を提供しヒットさせる

1984年12月21日、アルバム「9.5カラット」リリース。1985年のアルバム年間売り上げ1位を獲得

井上陽水さんは逮捕から2年でアルバムを発表、4年でテレビ出演、6年で安全地帯をヒットさせており、8年でご自身のアルバムの年間売り上げ1位を獲得されています。

 

薬物逮捕されたアーティストが半年から2年程度で芸能界に復帰するケースがいくつもあることが分かりました。ピエール瀧容疑者の場合も、多くのファンがいるので、ご本人が芸能界への復帰を望めば可能性は高いと言えるのではないでしょうか。

 

電気グルーヴ再活動の可能性は?

電気グルーヴはピエール瀧容疑者と石野卓球さんによるユニットです。石野卓球さんはドラッグに肯定的な発言をしていたことで知られています。1998年末のとあるインタビューで、

(日本のクラブ・カルチャーが拡大しない原因としてドラッグの有無は関係あるか、との問いに)ある。間違いなくある。それは。これは、書いてくんないかな?(慎重に、言葉を選ぶ卓球)クラブのムードは、ドラッグで左右される部分が間違いなくある。ただ海外にも、シラフ度の高いクラブっていっぱいあるんだけど。例えばビッグ・ビーツのパーティーとかさ。でも、もうちょっとアンダーグラウンドなテクノのパーティーとかになると、トんでる奴は確実にいるんだけれども、トんでない奴もトんでるムードに持っていく感じ。それにはやっぱり、トんでる奴は必要。トんだ経験のある奴も、必要。そうじゃないと、わからないから。結局カラダを揺するだけ、とかになってしまうんだ。それでもいいんだけど。『ドラッグは関係ない』って言う人もいるけど、それは音楽への接し方の問題であって、クラブでの楽しみ方っていうのとはまた別問題だからさ。

キメてる奴を『ダメだ』っていう奴らは、『やりたいんだけど羨ましい』っていう妬みだもん。本当にやらない奴は、そんなの関係ないもの。『醜くトぶのは嫌だ』とかそのくらいだよ。で、やってる奴らがやってない奴に感じてしまうのは、優越感でしょ。だからさ、やりたきゃやりゃあいいと思うよ、別に。全員やりゃあいいだろ、やりたい奴は(笑)!1回、1回ね。それが何で問題かっていうと、それでハマっちゃう奴がいるからなんだよ。俺はもう乱暴に言えば、許可制にすればいいと思う。

出典:http://d.hatena.ne.jp/inumash/20090812/p1

と薬物の使用の是非と、音楽やクラブカルチャーの発展とを分けて考えている様子がうかがえます。

裁判を終えたピエール瀧容疑者が、石野卓球さんとまた音楽や表現の点で意気投合できれば、電気グルーヴ再開の可能性はあると言えるのではないでしょうか。

https://clearsky01.com/tv/1067/

まとめ

薬物による逮捕をされても、裁判を終えて再度大活躍されている芸能人は多くいらっしゃいます。多くのファンがピエール瀧容疑者が帰ってくることを待っています。一日も早く電気グルーヴやピエール瀧容疑者の活動再開がなされるといいですね!

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