こんな悪人が世にいるのか!米津玄師の子供時代のつらい気持ちの発言まとめ

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米津玄師さんはTwitterで、子供のころに感じた、「大人が価値観を強制することに対する怒り」を表現しています。

 

米津玄師さんの歌は人の弱さに寄り添ったものが多く、多くのファンに愛されています。

子供時代にどんなことを感じていたのか、気持ちをまとめてみました。

 

米津玄師の子供時代のつらかった気持ちまとめ

父親を好きでない

いつから父親に喧嘩で勝てるようになったのだろうか。自分だけがそのサイクルから逃げ果せられるわけじゃないことはよくわかっているけど、あるいはわかっているからこそ思い出してしまい、確かめようとしてしまう。

出典:米津玄師OFFICIAL BLOG

 

子供のころ父親が絶対的に強くて、嫌なことがあっても反抗できない時代があったのでしょう。いつから父親より自分が強くなったのか、何度も考えてしまうようです。20代半ばの米津玄師さんは体力が充実している時期であり、一方で父親は年を取っているわけですから体力的に負けるはずはありません。でも、そもそもの話で、自分は父親に勝っていることをなんども確認してしまうことが、父親に対する否定的な思いの表れなのでしょう。

 

忘れてしまいたいつらい過去がある

怒りも悲しみも忘れてしまえるのはありがたいな。ありがたいな。(中略)古い記憶から順番に忘れていくのはいきものの可愛さと強さであって、神様がそれを初期機能として実装してくれたのだとしたら、結構優しいと思う。ありがたいな。

出典:米津玄師OFFICIAL BLOG

 

昔の古い記憶は忘れていることが多いですが、この古い記憶を新しい記憶よりも先に忘れるように人間ができていることを喜んでいるのは、幼少期に嫌な記憶がたくさんあるということなのでしょう。「学校も引きこもりがちでつまらなかった」、「父とあまり関わらなかった」と言う米津玄師さん。父親との間にも忘れてしまいたいつらい過去がたくさんあるのでしょう。

 

つらい経験がない人は、他人のつらい気持ちを想像することが難しいかもしれません。子供のころのたくさんのつらい経験が、他人が無意識に誰かを傷つけるような行動を取ることに敏感に気づかせるのでしょう。他人が無意識に人を傷つけていること対して、傷つけ返すのではなく、にこやかに、穏やかに、でも自分の主張をきちんと相手に伝えることで、いつか無意識の行動が人を傷つけていることに気づいてほしいと願っているようです。

オンラインゲームにはまっていた中学生時代

部活とバンドとラグナロクオンラインが生活の中心だった頃からもうすぐ12年が経とうとしてる

ゲフェンダンジョンでポイズンスポアをライン工のように延々と殴り倒してた中学生

出典:米津玄師OFFICIAL BLOG

 

ラグナロクオンラインは多人数同時参加型オンラインRPGで韓国の漫画『ラグナロク』の世界観を元にしたゲームだそうです。ゲフェンダンジョンとはラグナロクオンラインのなかに出てくる魔法の都市ゲフェンの地下に広がるダンジョンで、強いモンスターばかりが現れるそうです。

オンラインゲームにはまるのはサブカルチャーを好んで想像の世界に対して強い臨場感を持つことができる人が多いです。つらかった子供時代にオンラインゲームは、自分を表現できるとてもよい場所だったのでしょう。

 

 

思い出したくない記憶がある

今年はどんな年だったか、ぱっと振り返ってみるだけでいくつかポロポロと楽しかった記憶がこぼれることに対して、ありがてえとジジイみたいに思う。自分の人生のタイムラインを振り返った時に、真っ白または真っ黒の期間がいくつか存在する。この期間は何をなされていたんですかと面接官に尋ねられたら、およそ社会的な人間の機能を停止させておりましたと答えるしかないような、ざんない記憶でいっぱいな期間。

出典:米津玄師OFFICIAL BLOG

 

過去に思い出したくない記憶でいっぱいの期間があるから、今年を振り返って楽しかった記憶があることをとてもありがたく感じています。思い出したくない記憶の期間は社会的な人間の機能を停止させていたと表現されています。「人間は社会的動物である」とアリストテレスは言いますが、人は独りでは生きられないという意味です。面接官に尋ねられたらとは、学生時代を終えて就職試験を受けるころのことを指しているのではないでしょうか。社会に出る前の時期は独りで閉じこもっていたのでしょう。

 

認められていないと感じていた

オトンオカンに友達に恋人に環境に生活に社会に小さく小さく許されながら積み重なってできた自分をまた許してやりたいと思う。こんどあったらお酒を飲みましょう。

出典:米津玄師OFFICIAL BLOG

 

父親や母親、その他の人や環境などに「小さく小さく許されながら」とは、「認められなかったことがある」ことを意味しているように思います。その認めてくれなかった人たちの影響を受けて育った自分を許せるようになり、その認めてくれなかった人たちのことも許せるようになったから、こんどだったらお酒を飲みましょうと言っているのではないでしょうか。

 

自分に自信がなかった

はたして自分は許されているのかいないのか、そういう端から見れば瑣末な、しかし当人にとっては重大な問題を紐解いていくことに夢中だった。

出典:米津玄師OFFICIAL BLOG

 

米津玄師さんは、周りの人間たちの放つ言葉がどういう意味なのかさっぱりわからなくて、なんとなく曖昧に笑ってばかりいたら「きみは笑ってばかりだね」と言われたことを憶えているそうです。わからないなりに周りにあわそうとして笑っていたときに、わかっていないことを見透かされたときはとてもショックだったでしょう。自分に自信がないから、わかっていないことを隠そうとしたのです。わかっていないことに真正面から向き合って、傷つきながらも答えを探しだす姿は、今あの素晴らしい歌をつむぐ姿勢につながっているのでしょう。

 

自分の世界を持っていて、大事にしている

 

昔自分に自信がなかった米津玄師さんも、今は自分が自分であるために、自分を信じて他人が聞いたら「面倒くさい」と思うような発言であってもしなければいけないときがあるとおっしゃられています。そのことを理解できない人がいて、その人たちに理解させることは難しいというのは、道を切り拓くことのつらさをわかって実践している人の尊さを表現しているのではないでしょうか。

 

まとめ

 

心に響く、素晴らしい歌を歌ってくださる米津玄師さんの子供時代に関する発言を見て、あの繊細な歌ができるまでに大変な苦労や経験をされてきたことがよく分かります。一人ひとりの心に寄り添ってくれる、長い間熟成されたウイスキーのような素晴らしい歌をこれからも届けていただきたいですね。

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